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2012年3月25日 (日)

第2回 「喝先輩について」

   ※※※ひとりめの先輩を紹介します※※※
(この物語はフィクションです。実在する先輩方とは無関係です。念のため)

 休憩室のドアが開き、スーツ姿の先輩が顔をのぞかせます。
「おつかれさまです」
「おつかれ」
 私のあいさつに短く応じながら、先輩は提げていたコンビニの袋をテーブルに放ります。靴を脱ぎながらペットボトルの封を切り、畳に座りながら一口あおります。
「仕事は慣れた?」
 私に問いかけながらコンビニ弁当のふたを開き、箸を割ります。
 実にてきぱきと行動するこの先輩は、名前を勝田さんと言います。オカムラの営業は三十代の男性が多いのですが、そのなかでも一番年上で、全体をまとめる立場の人です。
 重い責任を負っている分、自他に厳しいところがあり、
「慣れたなら、そろそろ営業部の仕事も手伝えるようになってもらわないと」
 新人にもきっぱりと要求を伝えてきます。
「はい」
 私は反射的にうなずきながら、内心でぎくりとしていました。最近は業務部の仕事にも慣れてきて、入社当時よりは役に立つようになったかなと思っていたからです。
 けれど先輩の一言で、未熟に甘んじていた自分に気づかされます。
 緩んだ気分に喝を入れてくれる人。
 彼の名前に引っかけて、私はこっそり『喝先輩』と呼んでいます。
 先輩のランチタイムの特徴は、なんといっても食べるのが速いことです。こうしているうちにも弁当の中身はどんどん減っていきます。そして完食すると同時に仕事に戻るのが先輩のいつものパターンで、長々と会話をしたことはありません。
 今日も先輩は空になった弁当箱をまとめながら立ち上がり、
「そういえば」
 と、靴を履きながら問いかけてきます。
「この間、ルフさんに質問したって? 早く一人前になるにはどうしたらいいかって」
「え、あ、はい」
 思いがけない話題を振られて、私は顔を赤くしました。先週、ルフさんという別の先輩と話しているとき、ついそんな青臭い質問をしてしまったのです。彼女はひとしきり爆笑してから、上司に相談しておくね、と冗談めかして言っていましたが、まさか本当に伝わっているとは思いもしませんでした。
 また笑われるかと身構える私に、喝先輩は言います。
「一人前が半人前とどう違うのか、そういう話はトシオのほうが詳しいから、ランチタイムに顔を合わせたら聞くといい。俺から言いたいのはひとつだけ」
「はい」
「成長したければ全力を尽くせ。それが俺の考え方」
 静かながら圧のこめられた声に、私は自然と背筋を正します。
 先輩は口元で笑いながら、真剣なまなざしで言います。
「全力でやろうぜ、新人」
 ひらりと手を振って、先輩は休憩室を出て行きました。
 ふと視線を下ろした私は、自分の弁当が少しも減っていないことに気づきます。
「全力……」
 喝先輩の言葉を繰り返しながら、私のランチタイムは続きます。

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